これでも城!?(2)「城山城」  三次市吉舎町敷地

標高250m 比髙50m  

主な遺構:横堀  

アクセス

 尾道自動車道の吉舎インターチェンジを出て馬洗川沿いの国道184号を北へ。三次方面に500mほど進み、左に分岐する細い道に入る。低い峠を越えると正面左よりに見える丘が城山城だ。南側に回り込んで登る。

        

 

 あっけに取られるような城跡は幾つもあって、和智氏の本拠南天山城の北3kmのところにある城山城もその一つだ。

   

 城名は地元でこの山が「じょうやま」と呼ばれていたことから来るようだ。この城は江戸時代の地誌類にも載らず、丘の麓には小米石(結晶質石灰岩)製の五輪塔十数基も残るのだが、いずれも由来は不明。

 北に延びる尾根先端のピークは3段構えに造成されているようだが、極めて不明瞭だ。ここから北に少し下った所にも数段の削平地があるのだが、これだけで城かどうか判断するには心もとない。

 丘頂から背後の鞍部に下ると、尾根続きの部分を見下ろすように二段構えの横堀が数十メートルにわたって伸びるから、城跡と判断して良さそうに思える。

 

 明瞭な曲輪が無く、尾根を遮断する数本の堀切が確認されるだけというものも幾つかある。下図「播城」はその一例で、尾根先端に合計3基の堀切が刻まれるだけだ。小ピークの前後を固める堀切が刻まれているから、これで最小限の防御態勢とみなしているようだ。 

播城(庄原市本村町)

参考文献

 広島県教育委員会広島県中世城館跡総合調査報告書』1996年

 吉舎町史編纂委員会『吉舎町史』 1988年