三八豪雪のころ

 昭和37年(1962)12月から翌38年2月にかけて、北陸を中心に西は九州までの広い範囲を襲った空前の豪雪を「三八豪雪」と呼ぶ。広島県でも冷え込みは厳しく、県北の積雪は4mを越え、県下全域で建物や農作物への被害が発生した。この豪雪は山間地域の過疎化に拍車をかけたとされる。

 

 私の住んでいた県東南部は、雪が舞うことはあっても積雪はほとんど無い所だが、この時ばかりはかつてない大雪となった。

 当時高校在学中だった私は、毎日12kmほどの砂利道を自転車通学していた。行きは下り坂だから時々ペダルを漕げばいいのだが、復路は立ち漕ぎの必要な難儀な道だった。

 当時、田舎道を走る車といえばバス・トラック。たまに見かける乗用車といえば黒塗りのタクシー程度。未舗装の道だったから車が通り過ぎる度に砂ぼこりが舞い上がり、穴ぼこだらけの道には補修用の切り砂利がばら撒かれていた。

 これが自転車の大敵で、砂利を撒いてしばらくの間はこれがパンクの原因となっていた。だからパンク修理道具は通学時の必携品だった。

 自転車は砂利をはじいて走るから、やがて道路の左端には幅10cmほどの砂利の無い細道が出来る。この細道を手放し運転で走行出来るほど、当時の運転技術は冴えていた。

もちろん、誰もが。

そういえば、雨の日の「笠差し立ち漕ぎ運転」も必須の技術だった。    

 

 昭和38年1月のことだったと思う。午後3時半過ぎ、授業を終え帰路についた頃には吹雪となっていた。降り積もる雪で立ち漕ぎすら出来ず、結局雪に埋もれながら自転車を押して帰ることに。

 通常帰路は1時間ほどかかるのだが、この日ばかりは3時間以上かけて自宅にたどり着いた記憶がある。なかには6時間もかけて自宅にたどり着いた子も居たほどだった。

 60年も昔の、懐かしいけれどあの頃には戻りたくない思い出の一つ。

 

 

参考文献

三八豪雪 ―昭和 38 年 1 月豪雪の記録ー」広島県公式ホームページhttps://www.pref.hiroshima.lg.jp > zuroku(参照2025.9.27)