王子城 安芸高田市向原町戸島

標高 286m 比高 50m

主な遺構:土塁・堀切・竪堀

アクセス

 向原から三次方面に向け県道 37 号を 北上。吉田に向かう県道 29 号の分岐を 過ぎると、戸島川に架かる小さな橋があ る。その手前を右折し踏切を渡る。道な りに直進していくと T 字路に突き当た る。その正面の丘に城跡がある。北側に 回り込んで登る。

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 王子城のある向原町戸島は江の川の支流戸島川の上流域にある。城は平畝山から北西に下ってくる尾根の先端、わずかにピークをなす部分に築かれている。比髙は50mに過ぎないが、戸島川の谷筋に眺望が広がる。

 戸島の南端は太田川の支流三篠川との分水嶺、つまり陰陽分水界なのだが、これが「泣き別れ」と呼ばれる平地中の分水界となっている。王子城は泣き別れを1kmほど南に見渡す尾根上に築かれていた。

 主郭は長辺20m短辺15mほどのやや歪んだ長方形。左右両側には小さな段差で小郭が付属し、北辺に虎口を開く。虎口には西側の突起部分から横矢が掛かる。

 城の背後に続く尾根は二重堀切で遮断、主郭堀切面には土塁を構え、両山腹にはそれぞれ竪堀1基を配置している。さらに麓の平地を見下ろす尾崎側では20mほど下った位置に堀切1基が築かれている。図に書けばしっかりした遺構のように見えるが、曲輪を囲む切岸は低く、堀切・竪堀もうっすらとした痕跡にすぎない。

 王子城について『芸藩通志』は城主名を伝えていないが、戸島村絵図に「王子城」その脇に「貞近雅楽宅跡」の書き込みが見える。江戸中期の地誌「高田郡村々覚書」でも福原氏の家来貞近雅楽の屋敷跡があることを記載する。戸島には毛利の重臣福原氏の給地があったから、その家臣が守る城のようだ。ひょっとしたらこれが屋敷跡なのかもしれない。

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主郭背後の土塁

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背後の堀切