島根半島四十二浦を歩いた

 

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                         ヤマレコ「島根半島四十二浦巡り」より

 島根半島の海岸は日本海の荒波に削られた絶壁や磯が続く。断崖のあいまに点在する小さな入り江の漁村(浦)を巡って神社を参拝する「島根半島四十二浦巡り」が古くから行われていたという。海辺の道は少なく、隣の浦に向かうにも厳しい山越えの道となった昔の巡礼とは比べようもないのだが、私も昔の巡礼者のつもりで歩いて浦巡りに出掛けた。

 島根半島四十二浦巡り再発見研究会発行の「巡礼帖」で、一番目は杵築の出雲大社。ここから稲佐の浜を経て日御碕へ、さらに日本海岸に沿って東に進み、四十二番目福浦の三保神社まで約150km、八日間の旅となった。

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十番目の浦、釜浦

 日本海岸は過疎化が進んでいて、特に半島西寄りには食品を扱う店や食事できる店がほとんど無いから、通して歩く場合は相当量を持ち歩く必要がある。また都合のいい場所に宿やキャンプ場のないことが多く、民宿泊2日の他は野宿という旅になったから、少しは昔の巡礼者に近づいたかも。

 

 2日目、四番目の神社がある鷺浦では月2回の朝市が立っていた。農・海産物を並べたJAの店前でおばあちゃん同士の会話。少々早口で何とも暖かみのある言葉なのだが、半分も理解できない。

 昔出雲のズーズー弁を扱った小説を読んだことがある。確かに出雲弁は「し」と「す」の区別が曖昧らしいということはわかった。朝市にいた漁師の人が言う「はまし」はブリの幼魚「はまち」のことなのだが、私の頭の中には「浜師」が浮かんでいたから、会話が成立しなかった。

 四十二浦には難読地名も多い。手結(たゆ)、魚瀬(おのぜ)、恵曇(えとも)など。何と言っても極めつけは十六島(うっぷるい)。これを読める人は地元の人以外に考えられない。

 面白いのは手結。現地の案内版には「たえ」とルビが振ってあるのに、国土地理院の地形図では「たゆ」のルビ。さらに「角川日本大地名辞典」32島根県では「手結 たえ 『たい』ともいう。中世に鯛浦とある」と解説。土地の人の発音が い・ え・ゆのいずれとも取れる音だったからなのだろうか。

 魚瀬について、巡礼帖では、魚瀬は大野鄕に属していたから「大野の瀬」で「おのぜ」となったのであろうとしている。あるいは単純に「魚(うお)の瀬」が転訛したものと見ることも出来そうだ。

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手前は猪目の港、 十六島湾の先に風力発電施設が並ぶ。

 巡礼帖の十四番小伊津浦と十五番坂浦の間にある赤浦は、四十二浦には数えられていないのだが、一畑薬師の本尊である薬師如来がこの赤浦の海中から引き上げられたと伝える聖地。その名は海岸に広がる赤色の礫に由来するという。

 浦巡りの巡礼者は各浦で潮水を汲み、一畑薬師に奉納するのが習わしだったというから、その本尊出現の地である赤浦を訪ねないわけにはいかない。ここは海岸のすぐ後ろに切り立った断崖が迫る秘境。小伊津浦・赤浦・坂浦を結ぶ中国自然歩道は山越えの険しい道であり、赤浦の海岸に下る急崖部分には階段が設置されていた。

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                       赤浦  

 島根県庁のある松江市の北から島根半島東部はもとの島根郡。これが現在の県名のルーツなのかもしれない。4月9日、ちょうど通り掛かった松江市島根町の島根中学校前には入学式の来客を迎える生徒たちが立っていた。聞けば今年の入学生は15人だという。山すそに見える大きな校舎にしては余りに少ない。ただ、のどかな環境の中で、地域の人たちに見守られながら育つ子供たちが何ともうらやましい。

 この旅では何度も地元の人のご厚意に甘えてしまった。十七番の魚瀬から十八番古浦の間は海岸沿いの中国自然歩道を予定していたが、何と全面通行止め。用意していた地形図を見ても手頃な迂回路は見つからない。泡を食って近くの民家で迂回路を訊ねると、「古浦に抜ける開通したてのトンネルがあるからそこまで送ってあげる」。 また、6日目に泊まるつもりの民宿が新型コロナの影響で休業していたことから、前日泊の民宿の女将さんが「うちに連泊したら」。そして6日目の場所まで送り迎えして下さったことなど、無事四十二浦を歩き終えられたのは地域の皆さんのおかげというしかない。暖かい人情に触れた8日間となった。

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島根半島北端、沖泊集落を見下ろす。

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多古集落の路地