福谷山城  広島県三次市畠敷町

別名:泉ヶ城

標高340m 比髙180m  

主な遺構:土塁・井戸・横堀・畝状竪堀群

アクセス

 三次市三次町の三次中学校入口交差点から東へ、県道434号を進む。西城川に架かる旭橋を渡って1km、道の左手に浄念寺が見えたら、その北西側の山に福谷山城がある。狭い谷川を挟んで浄念寺対岸の民家裏に山道があるがすぐに消滅する。比高は180mに過ぎないが、厳しい藪こぎとなる。

     

 

 福谷山城は三吉氏の本拠比叡尾山城の西2kmの地にある。さらに西2kmの所には天正末年三吉氏が本拠を移した比熊山城がある。三吉氏領内で福谷山城は比叡尾・比熊の両城に次ぐ大規模な城であって、この三城の比髙はいずれも200m前後。三次盆地の中心部を見下ろす丘陵上に軒を連ねるように並び立っている。江戸期の地誌『芸藩通志』では城主を三吉氏の家臣泉三郎五郎久正とするから、別名「泉ヶ城」は城主名によるもののようだ。

 泉氏は天文22年(1553)泉合戦の舞台となった黒岩城(庄原市口和)に拠っていた領主で、泉久勝より久正までの三代が居城したと伝える。従って久正が福谷山城に移ったことになるが、移ることになった事情や、福谷山城が久正の入城以前から存在していたものかどうかもわからない。

 

 遺構は山頂部と南に伸びる尾根上に広がる。本城の中核をなす頂部の遺構は南北2つのピークに構築された曲輪群(Ⅰ・Ⅱ)と、両者に挟まれた鞍部の曲輪群からなる。

 注目点の一つは城の北端だ。通常背後の丘陵につながる尾根には厳重な防御施設が施されているはずだが、Ⅰ の北端に土塁・堀切は確認出来ず、背後の丘陵を見下ろす土饅頭のような高まり a があるだけだ。曲輪の側面には土塁を盛っているのに、ここの普請をしないまま放置しているのは何故なのか、疑問の残る所だ。

 Ⅱの各曲輪では塁線が直線的に整えられ、土塁囲みの曲輪も見られるなど、城内では最も丁寧な普請が見られるところであり、ここが主郭部をなすものと思われる。南下方の谷筋からの登城路が3郭の南西隅に入ってくる。虎口には小郭dとc から横矢が掛かり、厳重に防御された虎口となっている。3郭東斜面側に入る通路は後世の破壊道のようだ。

 Ⅰ・Ⅱに挟まれた鞍部に堀切は見られず、西側斜面にのみ3基の竪堀が大きく延びる。これを見下ろす腰曲輪の側面を固める竪堀も確認出来る。一帯には不明瞭・不整形な平坦地が並び、四角形に整えられたため池を思わせる窪地(b)も存在するから、後世の破壊が及んでいる可能性がある。

 南斜面の中腹から発生する支尾根には折を伴う土塁と空堀からなる遺構(Ⅲ)が存在する。土塁外壁の高さは2m前後。曲輪内側は土塁造成のための土取跡と見られる溝状のくぼみが土塁沿いにあるだけで、削平の痕跡は確認できない。

 南西隅に設けた入隅部分(e)に開口部を設け、横矢を効かせた虎口としている。登城路があったと思われる西側の谷筋に面した部分には土塁・空堀を築いて防御を固める一方、東斜面側には加工の痕跡が無く自然の急斜面に依存するという、極端な指向性が見られる。

 主郭部との間に挟まれた斜面には、竪堀2基と水平方向に延びる土塁と横堀( f)が残る。この土塁・横堀は攻め上る敵兵がⅢの背後に回り込むことを阻むための迎撃拠点と思われる。

 

Ⅲの土塁囲みの曲輪。土塁の内側が溝状に窪んでいる

参考文献

 口和町誌編纂委員会『口和町誌』 2000年

 三次市編集委員会三次市史』2 2004年

 

我が家のミニ菜園

 退職後の暇つぶしに、庭の植え込みを引き抜いて10㎡ほどの菜園に替えて遊んでいる。下写真はこの春植えた野菜。

左下から時計回りにー インゲン豆、キュウリ、トマト、ラディッシュ、ピーマン、大根、インゲン豆、トマト、サニーレタス。右上にのぞいているのは山椒。

 一面に落ち葉が敷いてあるのは、土の乾燥を防ぐことと雨の時の泥はねを防ぐため。それに土を豊かにするつもりもある。実際どの程度役に立っているかどうか知らないが。

 夏野菜は生で食べられるのが多いから、自家栽培で採り立てを食べられる楽しみがある。自給が目標なのだが、病虫害にやられて失敗しているものもあって、なかなか思うとおりにいいかない。

 その代表例がナス。カメムシのような形の小さな害虫がびっしり取り付いて、まともに収穫できたためしがない。葉を食い荒らす虫は見つけ次第ひねりつぶすのが現在の害虫対策で、必要なものは親指と人差し指だけ。虫の数が少なければ何とかなるのだが、ナスの場合は全くお手上げ。

 どなたか秘訣を教えてもらえませんか。当方、無農薬が基本です。

庭の野菜をアップでー

 野菜は冷凍保存が出来るならともかく、一度に大量に出来ても困るから時期をづらして少量づつ植える。店で苗を買ってくるだけでなく、時期をずらして種を蒔いたり、下写真のように廃品利用・再利用の野菜作りも面白い。

 一応バラも数種類。下のバラはもう10年以上も前、熊野古道を歩いての帰り道、たまたま奈良県の道の駅で一目惚れし、列車に積んで持ち帰ったもの。